筆名希望

立派だなあと思うサイトを拝見していたら、匿名投稿の可否が話題になっていました。
それが主な話題ではなかったのですが(主な話題は知らないお金の話でした。知識人ぶってる人が「何かの病気かしら?」というほど威張っていましたが。)ま、とにかく、「お金」のことで怒っている人が、「だいいち匿名は認めん、議論したいんなら正体を見せい!」といって、それからご自分の主張したいことを羅列していました。


それで、(ネット上の)匿名・実名について考えてみたのですが、
わたしは、実名がよいという人は特権的な立場にいるのではないかと思います。まして、実名でなければいかん!などという人はお殿様なんだろうと。
なぜかというと、いろいろなことを怖れなくていい身分なうえに、人の事情も顧みずにその規準を押し付けられるからです。


本名から何が知られるかわかりません。
いま、もしもわたしの本名とそれに伴う情報が、なんらかの望まない文脈で発表されたとしたら、わたしにはそれに対処する力がありません。いきなり望まぬ人が訪ねてきてしまうかもしれません。その人がどうしても貰ってくれといって、5億円寄付してくれるかもしれません。あるいはもしかしたら、わたしに何か深い恨みのある人が来てしまうかもしれません。
それでも、わたしはいま引っ越すことができません。
もしも危機感を感じても、何も善処することができないと思うのです。


そのうえ、たとえわたしが立派なことを言っていたとしても、それがどのような意見・偏見にあたるかわかりません。わたしより権力のある人の反感を買ってしまうかもしれません。たとえその権力のある人がクダラナイ人だとしても、わたしには対処する力がありません。わたしは今ある収入源を失うことはできませんし、将来の数少ない、あるかどうかもしれない収入源を失いたくありません。

余計な偏見で余計な心労を増やしたくないのです。

だからわたしは匿名というか筆名にします。すると「実名が条件」の前では自動的に発言資格ナシということになってしまいます。


もしも実名を言ってストーカーやDVの加害者にばれてしまうとしたら、
その人は実名を名乗るのは命がけだし、かといって実名を名乗らないことで意見もいえないことになってしまいます。こうなると、被害者がここでも被害をうけてしまいます。


社会的経済的な立場によって、問題の重さ、背負うものが違うのです。


必ず実名!なんて言えるのは、「ヤマシイ点がないから」とか「自分の言うことに自信をもっている」とかそういうことよりも前に、経済的、社会的余裕のある方なんだろうなあ、と思います。「ヤマシイ点」がなくても、言うことには自信があっても、別の事情で本名を明かしたくない人だっているのです。
だから、実名を原則にするのであれば、それはとりあえず自分の方針だけにして、実名にしないことを意見の正否や優劣の規準にはしないでいただきたいのだがなぁ、とわたしは思います。

「匿名なんてコソコソするな!」みたいなことを正義みたいにいって、実名を出すことを原則にできるのは、さぞや気分がいいでしょうけどね。、、どちらに転がっても自分が正義ですものね。と「お金の話」では思いました。(そうやって自分の正義を安泰なところに置くメカニズムが作用する、、、うん、わたしも権力者になったら絶対にそういう規則をつくろう!)


というわけで、ブログのいいところは匿名性にもあるとわたしは思います。
名前についてまわるシガラミなく主張ができるので。


というか、、そもそも、なぜ実名でなければいけないのか、ということがわたしにはわかりません。
なんでだっけ?