誰か探しの本

 誰かを探すといえば探偵小説がすぐに思い浮かぶけど、探偵小説は誰かを探すのは本題のキッカケか過程の一部であって、焦点はその誰かを取り巻く事件の解明なのに対して、「誰か探し」が焦点の小説を偶然二冊読んだのです。

あらゆる名前     By Blood

 サラマーゴはいろんなとこに説明がいっぱいあるのでさらっとだけ触れます。名もなき小役人(実際はこの小説で名前のある登場人物は彼一人なんだけど)が、ふとしたきっかけで、とある女性の帳簿を手にしてしまい彼女が何者なのかを探っていくお話です。
 私はこの小説が初めてのサラマーゴ体験で、とっても面白かったので他の作品も読んでいるのだけど、いまのところ『あらゆる名前』がいちばん面白いです。『白い闇』がなぜ評価が高いのかイマイチわからない、こっちの方がよくない??タイトルもスバラシイ。

 もう一冊、Ellen UllmanのBY BLOODは、サンフランシスコを舞台にした小説で、なんらかの事情で大学教員の職を追放された男が、事務所の隣の部屋から聞こえる心理カウンセリングの患者、自分を育てた家族が「本物」ではないと疑っているレズビアンの女性、の話を盗み聞きし、この患者の過去を(彼女にあったこともなければ頼まれてもいないのに、執拗に探っていきます。この男が職を追われた理由(正確には処分保留)も不明なら、今後の身の立て方もわからないままというのもミステリアスです。
 出だしがノロいのですが、途中で男がSFのレズビアンのクラブに足を踏み入れて女たちにとっちめられたり、いきなり素晴らしいワンナイトスタンドの話になったりと飽きさせない展開なうえに、話はナチス支配下ポーランドへむかい、現在と過去の間で、彼女が本当に探しているのは「ほんとうの家族」ではなく、「ほんとうの家族」を必要としている「自分」の救済なのかもしれない、そんなふうに示唆されたりして読み応えあります。


 というわけで、どちらも誰でもない/誰かによる誰か探しというアイデンティティ小説を偶然二冊読んでしまいとても面白かったのですが、わたし自身はそれを求めているかというと、そういうエネルギーに欠けるため安楽かつ楽しい生活の方をよっぽど求めてたりします。