素晴らしかった集会

、、アメリカでの話なんですけど。
数年前にサンフランシスコでのことです。理由は忘れたけど友だちとは別行動で一人で町を歩いていたら、市役所前の広場で大勢の人たちが集会をしていました。わたしには人数の検討がつきませんが、500人とか1千人とか2千人とかさっぱりわかんないけど。とにかく大勢です。


パレスチナの人たちのデモ集会が、ちょうど始まったところだったのです。イスラエルアメリカ政府に抗議して平和を訴える集会

まずお祈りが始まりました。前の方に男の人たち、後ろの方にへジャブをつけた女の人たちがいて、みんなでひざまずいてお祈りをしています。老人から子どもまでいろんな人たちがいます。わたしはムスリムじゃないし大勢がお祈りしてるところを見たことなかったので多分に「エキゾッチック視」してると思いますが、このお祈りは静かで厳かでめっちゃカッコよかったです。


すごいなーと思いながら見回すと、お祈りをしているパレスチナ系の人の他には、旗を持って立っている人が数人、、あとはムスリムじゃない支持者、、というか白人、、が周りにちらほら立っています。白人はどこにいてもいいだろうけど、わたしは白人じゃないんで自分の居場所があるかないか気になって「パレスチナ人じゃないのにわたしもいていいのかしら…」「見ていいのかしら」「他にアジア人はいるかしら」と思いながらホヤッと立って見とれていました。


そうこうしてるうちに(ホヤッと立ってただけですが)、お祈りが終わり、演説が始まりました。何を話してたか忘れてしまいましたが、話者の話もテンポよく、「そうだ!そうだ!」という聴衆の合いの手もバッチリだったし、わたしも「そうだ!そうだ!」と思いながら聞いていました。最初の話者は女の人だったような気がしますが、男の人だったかも、、、しかも内容も忘れてしまいましたが、、ホントいい集会だなー!!とよそ者ながら感動していました。


そんなわたしの感動(とわずかなよそ者意識)を嗅ぎ取ってか、旗を持ったおばさんがわたしに近づいて、
「ちょっと、悪いんだけど、、わたしトイレ行きたくなっちゃったから、この旗持っててくれないかしら?」と頼んできました。
わたしはたいていの国旗は絶対持ちたくありませんが、パレスチナは別枠で考えられます。
「はい、持ちます!」と快諾しました。


さっきまで「わたし、いてもいいのかしら?」と思っていたのですが、旗を持つことができて「わたしも参加していいんだ!」と思うことができ、おばちゃんの粋なとりはからい/取り込み戦略?(トイレ行っただけだけど)に感謝しました。しかも自分たちの旗を任せてくれるなんて、、、うん、やっぱりどこに行ってもわたしの活動家マインドが伝わるのねー!!なんて思いましたが、冷静に考えれば、わたしのマインドが見込まれたというより、パッと見たところ東アジア系はわたししかいないので、目印にしやすかったからでしょうけどね。善良で無害そうだし。


というわけで「部外者/傍観者」から「旗持ち係り」へと昇格?できて喜んでいたんですが、ちょっとだけ気になったのは、、おばちゃんが持ってたその旗が、そこにいる誰のよりも大きくて、目立って、太い物干し竿みたいな棒を両手で支えて、仁王立ちして持たなきゃならなかったことです。

前のステージ近くで、日本人ギャルがポツンとひとり、誰よりも大きなパレスチナ旗を仁王立ちして掲げてるってことになるんですけど、、、、、

参加させてもらえた!どころか、ハタから見れば「誰よりもハリキって駆けつけた中国人(だかタイ人だかベトナム人)」なのでは?と、別に誰も気にしてないだろうけど、チラチラ見られるたびに自意識が勝手に働きます、、。「ごめんなさい、でしゃばったわけじゃないんです、、おばちゃんがトイレに行ったせいなんです、、」と旗の下に書いておきたかったくらい。
しかも、おばちゃん帰ってくるのが遅い!!!


何人かの演説が終わりこれからデモ行進だってけど、わたし一人で旗持ったままここに残るのかしら??と不安になってたところに、やっと
「まったくトイレが遠いんだもの!」と帰ってきました。
戻ってきたおばさんはさっそく旗をたたみます。さんざん人に持たしといてもうたたむんかい!と思ってるわたしに「さ、行進だってよ、いくべいくべ」と何事もなかったかのように言うと歩き始めました。
「わーい、また仲間に入れてもらえたー!」(おばちゃんはそんなことも気にしてなかったと思うけど、)嬉しくてルンルンとついて行きそうでしたが、、そこでふと思い出しました。わたし友だちんところに帰らないと。、、子どものときのわたしならそんなこと忘れてついて行っちゃってあとから大目玉でしょうが、大人なので大人しく帰りました。


のんきな話でごめんなさい。だけど、これがわたしが(部外者として)見たなかで心に残ってるもっともステキなデモ集会で、自分がデモをするときがあったらこんなふうにできたいと思ったのです。何がステキだったかというと、広々とした場所で、あらゆる年齢層が集まっていて、演説も上手で、ポジティブな雰囲気があって(お祈りからはじめるのもいいかも)それから、わたしのような「よそ者」も(いるようないないようなカタチで)参加できたところ。リラックスして話しかけてきた身勝手なおばちゃんをはじめ、どうやったのかわからないけど誰も恐縮しないでいられる雰囲気があったのです。、、誰も」ってことはないかもしれないけど。ユダヤ系の人には…。あと国旗があると何かとイヤですし、これがよその国旗だったらこんな風に思わなかった気がします。でも今回は怒りを煽るのではなく平和を煽るような集会にわたしには見えました。

「デモにはガス抜き以外の効果はない」なんて言う人もいますが、わたしはそうは思いません。じゃあ、何の効果がある?と言われるとわかりませんが。 わたしは幻想であっても、一瞬でも、パレスチナ支持仲間に入れたのを一生覚えてるし、これを機会にもっと注目するようになりました。イスラエルアメリカの暴力に。


http://www.guardian.co.uk/world/series/aweekingaza
ガザの人々の日常をガーディアン紙が取材したビデオ