「同居人と子供」にしたら?

ジャクリーン・ウッドソンというアメリカの児童小説の作家がいます。
小学校高学年向けくらい、、だろうかしら。


日本語にも何冊か訳されていて、上手に訳されていると思いますが
その翻訳本に関して気付いたことがあります。


解説の、訳者がウッドソンに会いに行ったエピソードの部分です。
(手元に本がないので、これも記憶の話です。)


訳者がブルックリンにあるウッドソンの自宅を訪ねると、ウッドソンとその同居人があたたかいおもてなしをしてくれた、小説には作者自身の経験が生かされているのだろう、と作家の私生活に触れて考えているのですが、それはいいとして


同居人、、、?


ウッドソンはアウトな(←的確な日本語がわからない)レズビアンで、
パートナーのことも秘密にはしていなかったと思うのですが、、、、「同居人」??


何を恐れているの? 書くと出版があやうくなるでしょうか?売れなくなるのですか?


児童小説にもよく「作者は妻と三人の子供とモンタナに住んでいます」みたいな紹介がされているのだけれど、、、ヘテロセクシュアルだと誇らしげだよね、ホント。偉いわけ?
 ヘテロでも「作者は同居人と三人の子供と住んでいる」って書けばどうかしら?


ウッドソンは、児童小説の数少ない有色人のレズビアンの作家です。(「有色」でいいの、言葉?)

情報が少ない子供たち向けだからこそ、消さないで欲しい。
まだまだまだまだ「どっちでもいい」なんていうユートピアな時代じゃないんだもん。

例えば「パートナー」ではどうしていけないの?
せめて「"同居人"」にしてヒントを載せるとか、どう?


こう考えたことありませんか?
もしも子供のときから、レズビアンやゲイやバイセクシュアルでもOKという言説に触れていたら
もっと違っていただろうにって。
小さいときに、ホモフォビックな言説以外でLGBTQのことを知ることができたら、どうだったろうって。


わたしは、中学か高校のときにある短編を読んで、レズビアンというのは引きこもって自家熟成して腐ってしまうものなんだという印象を受けました。(タイトルなんだったかしら、、確か三島由紀夫の短編なのですが、、違うかな。)


ウッドソンの小説も、例えば「the dear one」「the house you pass on the way」あたりも日本語にしてみてはいかがでしょう?


(「Miracle's boys」は(スパイク・リーが着手して)テレビ・ドラマ化されると聞いたけれど、、、どうなのかしら??)


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話は変わりますが、
わたしはイランでのティーンエイジャーの公開処刑IGLHRC)、ニュースではなく別のところから知ったのですが、
はじめはウソだと思いました。まさかそんなことが行われるなんて信じられないし、
この手の人たちが作り出した「野蛮なイラン」言説の一環かと。
、、狼少年の話を思い出します。